Overreaching and Supercompensation phase of training
トレーニングにおけるオーバーリーチングと超回復について
オーバーリーチングからオーバートレーニングへ
疲労は,トレーニングの負荷に対する順応段階において,避けられない結果である.アスリートがパフォーマンスにおける疲労に苦しんでいるとき,その疲労がオーバートレーニングによる結果なのか,オーバーリーチングによる結果なのかを見定めることが重要である.
十分な回復時間なしでのトレーニングによる負荷の蓄積によってアスリートはオーバーリーチング状態になる.オーバーリーチングとは,コーチが高い強度のトレーニング負荷を慎重に持続させるなかで,激しいトレーニングにおいて制御された段階を越えることを表し,アスリートはオーバーリーチングに早く順応することができる.トレーニング負荷に対する自分の反応を取り入れながら負荷を強めることで,アスリートは自信の限界までパフォーマンスを発揮することを目指せる.これによって,アスリートは適切なレベルの疲労を感じ,短期間パフォーマンスが低下し,辛く感じるだろう.しかしこの状態は1日から3日ほど続くはずである.この結果として生じる激しい疲労に対して,十分な回復期間の後,アスリートは徐々に適応し,パフォーマンスが向上する.これが効果的なトレーニングプログラムの基礎である.
オーバーリーチングは,心理的影響や生理的不適応の兆候の有無によらず,オーバーリーチングを通じたパフォーマンス向上のために組まれたトレーニングや,質や量を変えることでアスリートを現在のパフォーマンスレベルからさらに上げるトレーニングのキモである.しかし,適切な回復期間なしに高い強度を維持したトレーニングをし続けると,オーバーリーチングは容易にオーバートレーニングに変わりうる.アスリートに長期間高い負荷をかけ続けると,生理的または心理的能力や喜んで取り組む気持ちの低下につながり,結果として説明がつかないパフォーマンスの低下や,慢性的な疲労,トレーニングや競技におけるRPE(自覚的運動強度)の増加,睡眠障害,病気(おもに上部気道の感染症),栄養習慣の乱れが生じる.
機能的なオーバーリーチングと非機能的なオーバーリーチング
トレーニング過程の管理において最も難しいことは,(オーバーリーチングに達して)手遅れになる前に効果的または非効果的なトレーニングプログラムの違いを理解することである.トレーニングプログラムの成功は,計画に基づいた激しい疲労のもとにおける,トレーニングの負荷に対する選手の適応効率による.激しい疲労はより高いトレーニング負荷に対する生理的適応の必然的結果である.疲労はトレーニング強度に対する適応または不適応の度合いをはかるための指標として非常に有効である.強度の高いトレーニングは,アスリートがその負荷に適応しようと試みた表れとして,パフォーマンスの低下という結果になる.しかし適切な回復期間を取れば,「超回復」効果が,アスリートのパフォーマンスレベルの向上を伴って起きる.しかし,もし,適切な回復期間なしに激しい疲労が慢性的な疲労に変わってしまった場合,パフォーマンスは著しく低下しオーバートレーニング段階に変化してしまう.
適応から不適応への移り変わりは徐々におき,慢性的なオーバートレーニングにつながる不適合と,パフォーマンスの改善に必要でオーバーリーチングに好都合な不適合の境界は紙一重である.激しい疲労から慢性的な疲労に変わる生理的・心理的変化を認識することが大切で,これらの変化を観察するために信頼できる効果的なツールを使う必要がある.
過負荷なトレーニングはオーバーリーチという結果になるべきである.もし,コーチが疲労の変化を観察して,回復度合いに応じた適切な負荷に基づいてトレーニングを管理していたら,アスリートは確実に最終的に機能的なオーバーリーチング段階に達し,長い目で見てパフォーマンスの向上につながる.
非機能的なオーバーリーチング状態では,適切な疲労回復期間を取らずに長期間の過負荷トレーニングを行うことによって,計画的でない慢性的疲労とアスリートのパフォーマンス低下が生じる.
超回復のためのオーバーリーチング
科学者であるハンス・セリエによって提唱されたGAS(汎適応症候群)では,アスリートの適応過程を4段階と超回復段階の経験で説明している.
第1段階は,トレーニングの負荷と,トレーニングの負荷に対するアスリートの反応の間の結びつきである.トレーニングの刺激や負荷によって,体はショック段階に入り,結果としてトレーニングによる疲労となる.急激な疲労はトレーニングの負荷に対する自然な反応で,トレーニングの過程における大事な要素である.
第2段階では,体が,機能的に通常に,すなわち恒常状態に戻ろうとするが,それはトレーニングに付随して適切な回復期間があった場合のみの場合である.この段階の重要性は,恒常状態に戻っている間に,生理的な適応が行われることである.これらの適応によって,アスリートは,同じトレーニング負荷をかけられたときに,体に小さなショックしか受けなくなる.このように,アスリートは,負荷と反応の初期状態を越えて,次のトレーニング負荷に対する刺激と反応準備のレベルを上げていく.
第3段階は,超回復段階であり,トレーニングの過程におけるゴールである.この段階では,アスリートは,初期段階を越えて,トレーニングに対する適応レベルを上げ,パフォーマンスレベルが向上する.超回復のためには,アスリートは,トレーニングの負荷による疲労の影響を最小限に抑えるために,トレーニングに付随して適切な回復期間を取らなくてはいけない.回復によって,アスリートの体の機能は通常(恒常)状態に戻る.もし十分は回復がなかったら,アスリートは簡単にパフォーマンス能力が低下し始め,慢性的な疲労になり,最終的にオーバートレーニング段階に達してしまう.
もしトレーニングが過負荷過ぎて十分な回復がなかったら,アスリートが通常状態に戻るのは困難だろう.しかし同時にトレーニングが簡単すぎても,アスリートは少しの適応しか得られないだろう.トレーニングに対する最適な適応と利益を得るためには,超回復段階の間に次のトレーニングによる刺激を与えなくてはいけない.もしも次の刺激を与えるのが早すぎると,アスリートは,トレーニングに対する不適応につながりうる過度な疲労を感じてしまう.逆に次の刺激が超回復段階の間に与えられないと,アスリートが通常(恒常)状態に戻るのに伴って,トレーニングに対する適応は失われてしまうかもしれない.
超回復のためには,アスリートは健康的で回復を取らなくてはいけない.トレーニングによる負荷(量・質・頻度)は適切でなくてはいけないし,個々のアスリートのニーズに合ったものでなくてはいけない.もしもトレーニングによる負荷が適切で,超回復段階の間に正しい刺激を与えれば,超回復による影響が得られるだろう.